5月に

冬の間、雑用に翻弄されていましたので、まとまったことがご報告できませんでした。けっこういろいろなことがありましたが、近頃、足下が危ないので、混んでいる美術展に行けないのも情け無いです。結局本ばかり読んでいます。それも新しいものではなく、古い愛読書ばかり、引きずり出しては改めて感心しています。フォークナー、カズオ・イシグロ、宮澤賢治、ジッド(私の若い頃はジードと表記したのですが、いまはジッドなので、遊びにきた孫のガールフレンドに聞いたところ、どちらでもいいのだそうです)。私は外国語音痴なので、近頃のように孫たちが簡単に外人フレンドと遊んでくれると助かります。 賢治の作品で何回も飽きずに読むのは「土神ときつね」「化物丁場」。新しい本でPEN・BOOKSのダヴィンチを買いました。ダヴィンチの作品中、私が一番好きな洗礼者ヨハネが表紙なので、珍しく思い買ってみたわけ。6月の勉強会で仲間と読み会うことにしました。

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5月になって

いろいろ忙しくしていました。石原吉郎さんの「思い出」を頼まれて一心不乱に取っ組んでいたのですが、思ったより難航して長い時間が経ってしまったのです。かって石原さんのかなり長いエッセイを書いているので、重ならないように注意したのですが、同じ人について書くので重ならないのは無理というものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2017年3月に

昨年暮れから超多忙の身となり、とうとう3月までこのページが開けませんでした。その間に会費を切らしてしまい、やっとご挨拶のできる身になりました。年齢には逆らえないもので、まずのろのろ歩きの身になってしまいました。階段をおりるのが怖い。人の名前が思い出せない。自分の名前は大丈夫。あたりまえですかね。本はよく読む。昨日出版された樋口伸子さんの「本の瓶詰」(書肆侃々房)など、面白くて息もつかずに読んでいる。久しぶりに体を悪くして我ながらどうしていいか分からず寝込んでいます。どこも痛くも痒くもなくどうしていいのか分かりません。起き上がる気力がないだけです。もしかすると低血圧、もしかすると栄養失調。お菓子ばかり食べてるせいか。

 

 

 

 

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もう年末ですね

同人詩誌「きょうは詩人」を読んで」くださる、ごく少数のお友達。とても有難いと思っています。始まって以来初めて今年は一年に⒉冊しか発行ができませんでした。次号は来年1月半ばの発行になってしまいます。一重に私の現実生活での多忙、老化によるのろま化?のせいです。

この11月、12月はすでに書いたことの他に雑多なあれこれがありました。クラナッハ展に1日早く出かけてしまい、仕方なく「ゴッホとゴーギャン展」を見たこと。大感動してしまったこと。翌日見たクラナッハは会場がいやに暗くて、辛かったこと。何度かスイス、ドイツ、オーストリアで見た時、クラナッハはもっと美しかったような錯覚を起こしたこと。その帰路、メンデルスゾーンの音楽会に行ったけど、迷子になってしまい、上野の町をくたくたになるまで歩いてしまったこと。やれやれであります。

大変遅れてしまった「きょうは詩人」35号の編集。寄稿していただく赤木三郎さんに「すぐ書けますか」なんて無礼な注文をだし、そのとおりすぐ書いてもらいました。みっともないことの連続です。

お会いしたことはないけれど、清らかな詩の書き手、伊藤悠子さんの詩集「まだ空はじゅうぶん明るいのに」が今年度の花椿賞を受賞されました。私は彼女の第一詩集「道を 小道を」の時からの愛読者なので、喜び勇んで授賞式にでかけました。伊藤さん、おめでとうございます。ただし私はクリスマスで賑わう銀座のど真ん中で、またまた迷子になり、長嶋南子さんに助けられてやっと会場に辿り着くていたらく。自己嫌悪しきり。

疲れ果てて、ある夜、読みそびれていた書物のなかから横光利一の「夜の靴」を引っ張り出して読みました。作家最晩年の作品です。第二次大戦の終わった敗戦の年、山形の疎開先での日記ふうの小説です。身にしみて感動してしまい、どうしてこの本を(読みもせず)持っていたのか、しばらく考えていました。そうだこの本はずーっと昔、嵯峨信之さんが「買ってはみたけど、持って歩くのが面倒になった」と言って、横を歩いていた私にくれたのだった。それからしばらく後、嵯峨さんと子どもっぽいケンカをして、「夜の靴」を書棚の奥へほっぽりこんでおいたのだっけ。嵯峨さん、ありがとうございます。

 

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久しぶりの旅

なんと5年ぶりに旅にでました。新幹線の乗り方を忘れていて、「誰か新横浜まで付いてきてくれない」と頼んだのですが誰も付いてきてくれず、とぼとぼと早起きをして一人で出かけました。全く難なく新横浜に着いたのはいいけれど、余り時間をたっぷりみて出たため、駅で1時間も待つことになり往生しました。岡山到着。苅田日出美さんご夫妻が待っていてくださり、一路横溝正史疎開先住居跡へ。倉敷市とは言え、とても山奥です。私は横溝正史さんのご長男横溝亮一さんにメンデルスゾーン画集を出版にあたり大変お世話になったことがあり、ろくにお礼も言えないうちに亮一先生が亡くなってしまったので、せめてものお礼に、この旧居に行ってみたかったのです。

旧居は近辺の人々がボランテイアでお世話をみているとのこと。亮一先生にお世話になったいきさつを、恥ずかしいけど述べることになってしまった。柿やらお菓子やらごちそうになってしまい、恐縮しながら、とても嬉しかった。お祭りの折には大勢の見物で賑やかなのだろうが平日だったので、辺りはしんと静かで素晴らしい時間だった。

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