もう7月ですね

どうもなかなかパソコンが身につかず、よろよろと書く有様です。長らくご無沙汰した間に貴重な本(もちろん詩書というべきものです)が出版されました。樋口伸子さんの書評集「本の瓶詰」(書肆侃々房)については先に触れましたが、一人一人著者の大切な部分にさりげなく触れていく、決して長々しくない紹介に感嘆するばかりです。

手元には「明峯明子全詩集」があります。明峯さんは2002年に87歳で亡くなられました。実に静かな詩人で、北村太郎さんの愛弟子と言ってよい人です。生前3冊の詩集を上梓されましたが、このたびご長女の晶子さんが全詩集として一冊にまとめられました。先の3詩集には未収録の作品も多いうえに、隠れた愛読者も多い詩人なので、ご一読勧めます。花神社刊。

私はあまり「新し好き」ではないので流行の本というのはほとんど読まず、書棚からぼろぼろの愛読書を引っ張り出しては(ジッドとかトルストイとか)読むたびにほれぼれしているヒトです。ところが先日、妹が学術書を買っている傍で退屈して待っていたら、すぐ横に堆く積んである本があります。あまり退屈なので「これください」とやけになって一冊買ってしまいました。買ってから気がついたのですが又吉直樹の「劇場」でした。あんまり面白くて一晩中読んで朝になってしまったテイタラクです。それを又、詩人壱岐梢さんに喋ったら、すぐ同作者の「火花」をプレゼントしてくれる幸運。みんな文学に熱心なので、私のような行き当たりばったりの人間は恥じ入るばかり。

さて、最近魅力的な詩集を沢山読んだので、列挙しておきます。まず先の壱岐梢さんの新誌集「一粒の」、佐藤洋子さんの「海の落とし子たち}、秋山基夫さんの「月光浮遊抄」、水こし町子さんの「いくつもの月」。92歳になって処女詩集を出された秋島芳恵さんの「無垢な時間」。若い人と思われる中陣英子さんの「夢に見し木の名前を知らず」など。次の機会に書かせていただけたらと思ってます。

 

 

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5月に

冬の間、雑用に翻弄されていましたので、まとまったことがご報告できませんでした。けっこういろいろなことがありましたが、近頃、足下が危ないので、混んでいる美術展に行けないのも情け無いです。結局本ばかり読んでいます。それも新しいものではなく、古い愛読書ばかり、引きずり出しては改めて感心しています。フォークナー、カズオ・イシグロ、宮澤賢治、ジッド(私の若い頃はジードと表記したのですが、いまはジッドなので、遊びにきた孫のガールフレンドに聞いたところ、どちらでもいいのだそうです)。私は外国語音痴なので、近頃のように孫たちが簡単に外人フレンドと遊んでくれると助かります。 賢治の作品で何回も飽きずに読むのは「土神ときつね」「化物丁場」。新しい本でPEN・BOOKSのダヴィンチを買いました。ダヴィンチの作品中、私が一番好きな洗礼者ヨハネが表紙なので、珍しく思い買ってみたわけ。6月の勉強会で仲間と読み会うことにしました。

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5月になって

いろいろ忙しくしていました。石原吉郎さんの「思い出」を頼まれて一心不乱に取っ組んでいたのですが、思ったより難航して長い時間が経ってしまったのです。かって石原さんのかなり長いエッセイを書いているので、重ならないように注意したのですが、同じ人について書くので重ならないのは無理というものです。

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2017年3月に

昨年暮れから超多忙の身となり、とうとう3月までこのページが開けませんでした。その間に会費を切らしてしまい、やっとご挨拶のできる身になりました。年齢には逆らえないもので、まずのろのろ歩きの身になってしまいました。階段をおりるのが怖い。人の名前が思い出せない。自分の名前は大丈夫。あたりまえですかね。本はよく読む。昨日出版された樋口伸子さんの「本の瓶詰」(書肆侃々房)など、面白くて息もつかずに読んでいる。久しぶりに体を悪くして我ながらどうしていいか分からず寝込んでいます。どこも痛くも痒くもなくどうしていいのか分かりません。起き上がる気力がないだけです。もしかすると低血圧、もしかすると栄養失調。お菓子ばかり食べてるせいか。

 

 

 

 

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もう年末ですね

同人詩誌「きょうは詩人」を読んで」くださる、ごく少数のお友達。とても有難いと思っています。始まって以来初めて今年は一年に⒉冊しか発行ができませんでした。次号は来年1月半ばの発行になってしまいます。一重に私の現実生活での多忙、老化によるのろま化?のせいです。

この11月、12月はすでに書いたことの他に雑多なあれこれがありました。クラナッハ展に1日早く出かけてしまい、仕方なく「ゴッホとゴーギャン展」を見たこと。大感動してしまったこと。翌日見たクラナッハは会場がいやに暗くて、辛かったこと。何度かスイス、ドイツ、オーストリアで見た時、クラナッハはもっと美しかったような錯覚を起こしたこと。その帰路、メンデルスゾーンの音楽会に行ったけど、迷子になってしまい、上野の町をくたくたになるまで歩いてしまったこと。やれやれであります。

大変遅れてしまった「きょうは詩人」35号の編集。寄稿していただく赤木三郎さんに「すぐ書けますか」なんて無礼な注文をだし、そのとおりすぐ書いてもらいました。みっともないことの連続です。

お会いしたことはないけれど、清らかな詩の書き手、伊藤悠子さんの詩集「まだ空はじゅうぶん明るいのに」が今年度の花椿賞を受賞されました。私は彼女の第一詩集「道を 小道を」の時からの愛読者なので、喜び勇んで授賞式にでかけました。伊藤さん、おめでとうございます。ただし私はクリスマスで賑わう銀座のど真ん中で、またまた迷子になり、長嶋南子さんに助けられてやっと会場に辿り着くていたらく。自己嫌悪しきり。

疲れ果てて、ある夜、読みそびれていた書物のなかから横光利一の「夜の靴」を引っ張り出して読みました。作家最晩年の作品です。第二次大戦の終わった敗戦の年、山形の疎開先での日記ふうの小説です。身にしみて感動してしまい、どうしてこの本を(読みもせず)持っていたのか、しばらく考えていました。そうだこの本はずーっと昔、嵯峨信之さんが「買ってはみたけど、持って歩くのが面倒になった」と言って、横を歩いていた私にくれたのだった。それからしばらく後、嵯峨さんと子どもっぽいケンカをして、「夜の靴」を書棚の奥へほっぽりこんでおいたのだっけ。嵯峨さん、ありがとうございます。

 

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