絵のこと詩のこと

家の中のごたごたが少しづつ治まり、美術館に出かけたりできるようになりました。かって好きだったバルチュスが上野にきているので、岡山から上京した苅田日出美さんと見に行きました。もっとも気が弱くなっているせいか、バルチュスの退廃の気配には馴染むことができず、なんとなくしょげた気分で退出。ことにバルチュスの猫は地獄から出てきたような禍々しい顔をしているので怖かった。帰路に寄った西洋美術館のハンマースホイの絵に慰められる始末でした。絵というもの見る側のその折々の心の在り様で違ってくるものですね。1984年、わざわざ京都に行って観たバルチュス展はどうしてあんなに惹きつけられたのか、なんともちぐはぐした気分。

詩を書いたり読む時間がやっと戻ってきた。気ままに読み漁り、喜んだり、がっかりしたりしている。吉田隶平さんの「彼岸まで」はご本人が詩とも箴言ともつかないと断っていられるが、どちらでもかまわない、私は心惹かれて読んだ。文中から察して吉田さんは七十歳くらいになられたのだろうか。また一冊を通して澄んだ哀しみのようなものが流れているので、親しい人を亡くされたのだろうかとも思った。私自身が年々身近な人と別れていくので(まあ、当たり前なのだけど)淋しさに敏感になっているのかもしれない。「喜びは」という一篇は死んで「よくなっていく顔」と「苦悩を浮かべてゆく顔」があると書いている。先日私が見送った家人は眠るように死んでいったが、家庭で私の腕の中で息を引き取ったため一晩警察病院に預けられた。翌日、警察から戻ってきた死者は亡くなった日よりさらに安らかに、少し笑っているふうであった。よほど安心したのだろうか。詩を読んで自分のことに引き寄せてしまうのはダメな詩人なのかもしれないが、そんな外向きのことはどうでもよいと思う年齢に私はなってしまった。

塩嵜緑さんの詩集「魚がきている」も魅力的だった。繊細で気品があり、やはり時間の中を自在に行き来する感性に惹かれた。また詩誌「水盤」13の福間明子さんの「不都合な理由」が面白かった。なにやら哲学的で小生意気な御託を並べて、日々のご飯作りに専心している奥さん。「ねんねんさいさいはなあいにたり その美は普遍的 必然的」と言っておいて、もう一人の冷めた自分は「ほめるだけでいいのに ややこしく窓辺に座っている」のである。福間さんらしいケロッとしたユーモア。

こんなことを書いてるうちに金曜日も日暮れてしまい、郵便局の用事が足せなかった、医院に行き血圧の薬をもらうのを忘れてしまった、土曜、日曜血圧を上げないように静粛にしていなければ。

 

 

 

 

 

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「きょうは詩人」27号ができあがりました

2月から3月にかけて家庭内に取り込みがあり、ブログを開く時間がありませんでした。あれこれしているうちに4月も半ばを過ぎようとしています。詩誌「きょうは詩人」27号はほとんど私が手伝えない中、長嶋南子さんが編集してくれました。27号の書き手は苅田日出美、長嶋南子、鈴木芳子、伊藤啓子、福間明子、吉井淑、万亀佳子、小柳玲子、古谷鏡子の9人。エッセイは万亀さんの「広部英一に寄せて」。

私は目の離せない病人を抱える身で、一度だけ美術展に足を運ぶことができました。三菱1号館美術館の「ザ・ビューテイフル」展、ラファエル前派の作品を主にした展示です。ミレイやビアズリー ロゼッテイーの美女が並んでいますが、私が見たかったのはワッツの「プシュケー」で、この作品はワッツ好きで歩き回った私にしては珍しく初見のものでした。またホイッスラーのエッチング、初めて見ましたが居並ぶ美女たちより私には心惹かれるものでした。ぜひ見てください。

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2月14日

この二、三日、ブログの具合が悪くて、ヘンテコでした。ご迷惑かけたかもしれません。看護の忙しさに追われて、会費が切れていたのを忘れていたせいです。ごめんなさい。

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勉強会のこと

私たちの「勉強会」(詩)について数回ブログに書きましたところ、未知の方数人からお問い合わせがありました。関心をもっていただき嬉しかったので、簡単にご紹介しておきます。この会は長嶋南子さんの提案で始めたものですが、当時日本橋に在った私のアトリエ「夢人館」で月一回開いておりました。「夢人館」が世田谷の奥沢に移転、次に私の自宅に移りといった具合に三転しました。私の狭い書斎での集まりですので、「どなたでもご自由に参加」というわけにいかないのです。すみません。私の所に届く詩集、詩誌から注目した詩を数編選び、みんなで読み合います。気に入った人にはその本をお貸しします。もっと気に入った人は直接その詩人にお便りをして、購入ということもしばしばあります。ごく稀には吉屋信子や三島由紀夫の短編を読むこともあります。会の帰りに書店でその本を買って帰宅ということもあります。秀作を読んだ後は、自作の批評。お世辞一切なし、文字の使い方から、タイトルの選び方、大変現実的な討論なので役に立つそうです。 時々とても面白いことが起こります。先日、四日市から参加される清水弘子さんが「小柳さん、(猫にゃんにゃん)ていう詩集貸してください」と言うのです。「(猫にゃんにゃん)?誰の詩集でしょう」「誰のか知りません。先月、皆さんが話題にしてたんです」「誰か猫にゃんにゃん知りませんかあ?」てんやわんやの挙句、松井啓子さんの「喉を猫でいっぱいにして」と判明。噎せるほど笑っておしまい。この詩集は度重なる移転の間に、紛失していまい、いまはありません。

 

 

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1月も過ぎていく

シャバンヌ展を観に行きました。シャバンヌを初めて知ったのは少女雑誌「ひまわり」誌上だったのをよく覚えています。小学生でした。戦後の東京、美しいものに飢えていた時代なので、「ひまわり」に毎号掲載される世界の名画を宝物のように大切にしていました。母は文学少女と言われたことが自慢の人でしたから、少女雑誌なるものを蔑視する気取りがあって私がそれを愛読することを、ことのほか嫌うので、こそこそと読まねばならず息苦しい少女時代でしたっけ。シャバンヌの「貧しい漁夫」、掲載されていたこの絵は忘れられません。美術の仕事をするようになってからパリで本物を見た時も、懐かしさと相俟って感慨無量でした。

今回の展示にはこの絵はなく、日本の画家の模写が展示されていましたが、私にとっては模写でも、他の大作より心惹かれてしまいました。数年前、リヨンの美術館でシャバンヌの壁画をみましたが、私には余り印象的なものではなく、むしろジェリコの狂気の老女を描いた絵に惹かれ、ポストカードを数枚購入してきたのでした。壁画というのは装飾の場合が多いので、画家にとって難しい仕事でしょうね。

話を変えますが、詩人三井葉子さんの死を新聞で知りました。昨年、やさしく、美しい詩集を頂いたばかりだったので、驚き一入です。あの沁みとおるようなやさしさは、お別れのご挨拶だったのですね。私は三井さんとほとんど同年代の人間ですが、どうしても優しさが持てない、地獄行きの人なのが辛いです。先日の勉強会でお詩集の中から、お孫さんに残したと思われる一篇をみんなで読んだのでした。

 

 

 

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