詩人クラブ・アンソロジーについて

そろそろ詩人クラブのアンソロジーの編集を始めます。私がお手伝いをするのは装丁。先日、この欄でお伝えしたように、今回は表紙カバー、中にはさむ7,8枚の挿画、すべて伊藤研之さんの絵を使わせていただきます。

伊藤研之(1907-78)福岡市生 1931年二科展に初入選 48年二科賞受賞 52年二科会会員に推挙 画業のほかにも地域文化活動に尽力する 78年死去 享年71

先日、ブログに伊藤研之さんのことを報じたところ、宮崎の詩人みえのふみあきさんより「なつかしい名前に触れ嬉しかった」とのメールが入り、こちらも嬉しかったことです。表紙カバーに選んだ絵「音階」(油彩1939年福岡市美術館蔵)を掲げておきます。

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近況 8月初旬に

もう8月になってしまった。終戦日が近づくと島尾敏雄『その夏の今は』をひっぱりだしては読んでしまう。戦争は嫌だ。敗戦の年、私は十歳だったが、身に染みていやだと思った。かなり年齢を重ねるまで、サイレンが鳴るとびくっとしてしまい、飛行機の音を聞くのが苦手だった。飛行機の中でで眠りにつくと、決まって空襲下の町を逃げ惑う夢にうなされる。

さて、最近数人の詩友が詩集を出版した。詩集の評価をあれこれする気持ちは全くないが、個人的に心にとまった幾篇かについて書いておきたい。

壱岐梢詩集『樹念日』(花神社)第一集である。初々しい、という言葉はよく言えばみずみずしい、悪く言えば幼稚ととられがちだが、この詩集の場合、まっすぐ、真剣、清々しさ、と言いう意味合いである。集中、「梅田事件」という実際にあった、殺人の冤罪で十九年間、刑務所に暮らしたという男性との交流を書いた一篇は印象的である。機会があったら読んでいただきたい。

荒船健次詩集『ひかりの朝に』(土曜美術社出版販売)私にとって若い日から親しんだ詩友の十冊目の詩集である。彼の半生の事件を淡々と記した趣であるが、その中の一篇「「ベーゴマにもなれなかった」は私に様々な古い記憶を呼び起こす、楽しいものだった。彼は若い日に長田恒雄主催の詩誌「現代詩研究」の同人で、私は彼より遅れてこの詩誌に参加した。やっと三十歳になったころで、詩壇的礼儀を心得ていなかった私はたちまち長田さんに嫌われ、追い出されてしまった。自分ではなにが悪かったのか全く分かっていないのだから困ったものである。彼の詩はその長田さんの詩二行を配置して成り立っている。「わかれても わかれても  わたしはひとりになれない」

「現代詩研究」から飛び出していった高田敏子さんのことや、それを悲しんでいたであろう長田さんのこと、やがて退会していった自分のこと、詩には書いていないが彼の退会だって、長田さんにとってやはり寂しいことだったに違いない。この詩が何とはなく心に沁みるのは、長田さんの詩に依っていることに私は気付く。長田さんは優れた詩人だったのだと、私はとても遅ればせに、いま気付いている始末である。荒船さんも私も、短い間だったが、世に優れた才能の近くにいたのだ。いまではそれがとても私を幸せな気持ちにしてくれる。

 

 

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「K」を読む

早くから頼んでおいたのになかなか持ってきてくれなかった「K」(三木卓著)がやっと届く。3刷なので驚く。主人公K、つまり詩人福井桂子さんの詩を大切なものと思い、折にふれ読んでいたので、一晩で読んでしまう。私は失礼かもしれないが三木さんの著作はあまり読んだことがなく、もっぱら福井さんの読者だったので、読後、しみじみとうれしかった。福井さんは深く愛されていたのだ。

私は福井さんに会ったこともなく、僅か数回はがきをいただいたという仲だが、それは別にどうってことはない。改めて彼女の詩集「浦へ」「 荒屋敷」を読み、詩人が好きだった(と思われる)林檎林やリネン洗い店をとことこと通り抜けて眠った。全詩集も持ってはいるのだが、私はどうもあの分厚い全詩集というものが好きになれない。ことに福井さんの詩は、小柄な、柔らかい本で読みたい。

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バーン・ジョーンズ展を観る

バーン・ジョーンズ展が日本では初めて大規模に開催されています。早々と見に駆けつけたので、場内はまだ森閑としていました。早い時期に見ることお勧めです。ある時期、私はイギリスへ絵画の仕事ででかける日が多く、ずいぶんと美術館を巡りました。主にリチャード・ダッドの作品を訪ねる仕事でしたが、時には精神科病院の付属美術館まで行ったことがあります。バーン・ジョーンズはダッドと違いグレートな画家ですから、ロンドンやオックスフォードでも作品を見ることはできます。しかし私が見たかったいくつかの代表作はほとんど画家の生地バーミンガムの美術館にあり、私はそこまで足を延ばすことが当時できなかったのです。さらに見たかった「いばら姫」はダブリンにあり、これも行けなかった。今回の展覧会はそれらの代表作が一気に見れるのですから、幸運この上ありません。

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嵯峨信之全詩集出版記念会 

6月17日、神楽坂・出版クラブにて。急遽、出席することになった森やすこさんと同道して出かける。「詩学」に関わりの深かった人々の出席が多く、自分を含めて老詩人ばかり。儀礼的な雰囲気がなく、私には親しめる集まりだった。嵯峨さんと私の交友はなんとも一口では言い難いものだったが、大変お世話になり、大変往生したおつきあいとでも言うのだろうか。長い年月が過ぎたいまとなれば、懐かしいばかりである。

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